シャイニングマンの「勇気を君に」

気になった事や今まで溜め込んでいた知識をジャンル問わず放出する雑多なブログです。 人工知能(A.I)、漫画、音楽、お笑い、ダイエット、美容、健康…etc

【哲学】「愛とは何か?」という永遠のテーマに対する「答え」一覧【ためになる】


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どうも。シャイニングマンです。僕は小さい頃から哲学的な考えが好きな人間でした。


哲学なんて言い方するといかにも「カッコイイ感じ」に聞こえますが、要は「擦れたクソガキ」だった訳です(笑)


皆さんも一度は「愛とは何か?」なんていう薄ら寒い自問自答をした経験…ありませんか?(…絶対ありますよね?)


今日は僕がこれまでの人生の中で出会ったその「答え」をいくつかご紹介したいと思います。


もちろん「答え」であって「正解」ではありませんのであしからず。だからこういう問いって面白いんですよね。


どうせなら…「ランキング形式」にしちゃおうかな?(出た悪い癖)

 

  

 

第5位

 

愛とは何か

それは喜ばれるとうれしいというエネルギー

喜ばれたいというエネルギー(=欲求)

感謝のエネルギー

役に立ちたいというエネルギー

幸福になってほしいという思い(エネルギー)

 

小林正観って作家の「もうひとつの幸せ論」という本に書いてました。

 

これは5年前くらいに本屋で見つけて買った本で、「人生とは」的な哲学がビッシリ詰まってて、なかなか興味深い本でした。


↑のはその内の一つで、確かに良い事言ってるんですけど…「なんか普通」っていうか(笑)

 

こういう哲学的な問いってどこか「大喜利」みたいな部分もあるじゃないですか。「そう来たか!」的な楽しみもあると思うんです。

 

だからそういう点から見ても、これは最下位でした(笑)ごめん。正観。

 

第4位

 

ママが“グリルチキン”の一番美味しいところをパパに取り分けてあげてたのね。それって、愛があるからでしょ?

 

これはネットサーフィンしてたら見つけた言葉ですね。なんか「子供の答えがスゴイ!」みたいなサイトで、外人の女の子(5歳)の子に「愛って何?」って質問して返って来た答えが↑


大人が言っても「は?何言ってんの?」で終了なんですけど、僕が子供好きっていうのと、あとどうしても「娘がもうちょっと大きくなった時にこんな事言ったら…」って考えたら「可愛いバイアス」が掛かりまくっちゃって「正観超え」しました(笑)


そのサイトはコチラ↓(皆カワイイ…)

子どもたちに「愛ってなんだと思う?」聞いてみら・・・純粋な答えに胸が打たれる | TABI LABO

 

 

第3位

 

恋は相手の長所に惹かれる事

愛は相手の短所を受入れる事

 

これは確か上沼恵美子がテレビで「息子がこんなこと言ってたんやけど」みたいな話だったと思います。


確かに言葉の意味にもかなり納得。正にその通りだ…と当時テレビを見ながら頷いた記憶があります。

 

確かに、恋してる時って相手の長所しか見えてない。でも結婚するとなるとそれだけじゃダメで、一緒に生活するようになると互いの短所も見えて来て、嫌になる事もあるけど、それも込みで一緒に頑張っていかないといけないですからね…。

 

「諦め」とか「我慢」とか「妥協」とか、そういったネガティブな感情とも言え無くはないけど、それよりかは「赦し(ゆるし)」って感じかな。愛=赦し。


てかこれはもう「正解」にしても良いくらいじゃないかとすら思います(笑)

 

ここまで僕に考えさせた上沼恵美子の息子、素晴らしき。

 

 

第2位

 

愛は最高の奉仕だ。微塵も、自分の満足を思ってはいけない。

 


これは結構有名ですかね。太宰治の「火の鳥」に出てくるセリフです。


これも一つの「正解」なんじゃないのか?と個人的に思います。愛に見返りなんて無く、ただただ与え続けるもの。

 

人間って何かにつけて「見返り」を求めるじゃないですか。

 

「〇〇してあげたたのに」とか「こんなに思ってるのに」とか。僕もそうなんですけど、それって違いますよね。お前がやりたいからやったんだろ。っていう。見返りが前提になっちゃってるのは愛と呼べないなぁ…なんて。

 

これも言っちゃえば「赦し」の話になってくるような…。愛ってやっぱり深い…。

 

第1位

 

愛の本質が…「死」だというのか?

 

 

え?って思うかもしれませんが、はい。愛の本質とは「死」である、という名言です。

 

これは「ヴィンランド・サガ」という漫画に出て来た話なんですけど、↑だけじゃあまりにも意味分からないと思うので、ちょっとこのシーンについて説明させて下さい。ていうか、この話をしたいが為にこの記事を書いた、みたいな所が…実はあります(笑)


6巻の第37話「愛の定義」にて

 

「クヌート」という王子とお付き(教育係)の「ラグナル」が追手を撒きながら自分たちの領土へと帰還する最中、ラグナルは運悪く仲間の裏切りに遭い殺されてしまいます。


生まれてからずっとラグナルと一緒だったクヌート王子は彼の死を悲しみ、一緒に逃げていた牧師(神父)のおじさんに

 

もうこの地上に私を愛してくれる者はいなくなった

 


と話します。そうすると牧師は

 

ラグナル殿のあなたへの思いは愛ですか?

彼はあなたの安全のために62人の善良な村人を見殺しにした

殿下…愛とはなんですか?

 


と返します。確かにラグナルは逃亡の最中、王子を守る為に村人が殺されゆくのをただ傍観するしかありませんでした。割って入れば今度は王子を危険にさらす事になるからです。そしてそれはこの牧師によると「愛」ではないとの事。


そのままクヌート王子は「ラグナルに愛がないのなら 正しく愛を体現できる者はどこにいるのだ」と問い返すと、牧師のおじさんはそこに転がっていた死体を指さしてこう返しました。

 

彼は死んでどんな生者よりも美しくなった

愛そのものといっていい

彼はもはや憎むことも殺すことも奪うこともしない

すばらしいと思いませんか?

彼はこのままここに打ち捨てられ その肉を獣や虫に惜しみなく与えるでしょう

風にはさらされるまま

雨には打たれるまま

それで一言半句の文句も言いません

死は人間を完成させるのです

 

 これが愛=死という概念の説明です。個人的にとても興味深かったですね。スッキリはしないんですけど、なるほど…深いなぁ。となりました。クヌートは更にこのあと「ならば親が子を、夫婦が互いを、ラグナルが私を大切に思う気持ちは一体なんだ?」と返します。

 

そう、じゃあ僕らが「愛」だと思ってるこの感情は一体何なんだ?という次の疑問です。これに対して牧師のおじさんは真顔でこう答えます

 

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差別。それは愛などではなく、ただの差別だと。

 

正直、僕はこれ見て「ぐうの音」も出ませんでした…。そうか…これって差別なんだ。ラグナルは殺されゆく62人の村人の命と王子1人の命を天秤に掛け、クヌート王子の命を守るという選択をしました。クヌートからすればそれは愛だったかもしれませんが、見殺しにされた村人たちからすれば…?

 

だから生きてる人間の心の中には「本当の愛」というのは存在せず、死んで初めて体現出来るのだ…という究極の回答。これが僕が人生で出会った「愛とは」に対するベストアンサーでした。 

 

まとめ

はい。まどろっこしくランキング形式でしっかり前フリしつつ、結局は

 

「ヴィンランド・サガ最高ぉぉぉ!!!」

 

という事が言いたかっただけの記事でござんした(笑)さーせん。

 

幸村誠先生って人はひたすら「愛」を追求する漫画家さんでして、前作の「プラネテス」も最の高です。因みにヴィンランド・サガはアフタヌーンで絶賛連載中。

 

 

ヴィンランドサガもプラネテスも、取り敢えずまだ読んだ事無い人はマジで読んだ方が良いですよ。おもしろ完全保証付き。

 

あじゃした!

 

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